なぜヒトは生きる意味も知らされ間に小学校ー中学ー高校ー就職or大学…ヒト

なぜヒトは生きる意味も知らされ間に小学校ー中学ー高校ー就職or大学といったシス…

なぜヒトは生きる意味も知らされ間に小学校ー中学ー高校ー就職or大学といったシステムの中に放り込まれるのでしょうか?誰かが何かの目的でそのシステムを作り上げ、放り込むようにしてるのでしょうか?まとまりの無い文章になりますがよろしくお願いします。
教育教育と言われていますが、ヒトはなぜ生まれなぜ生きるのかも知らされた覚えがありません。
`生きる意味は自分で見つけるもの’とすら聞いたことがありません。
学校ではなぜそんな肝心なことを教えてもらわなかったのでしょうか。
このシステムがあるからこそ、果てには名誉欲、地位欲など出てきて人間を汚くしているようにも思えてきます。
昔、偉人たちがヒトはなぜ生まれなぜ生きるのか考えたが、結論がまとまらなかったために、違う方面で思考しその結果が今の教育システムなのでしょうか?僕は今21ですが、この年でヒトの一生を客観視してみたところ、小学校ー中学高校などの教育を受けた末に就職し子孫を残すことが全てといったら言い過ぎかもしれませんが、そのように思います。
ヒトの一生とはそういうものなのでしょうか?なぜ、こんなことを考えたかというと、もう21歳ですしこれからの人生に対してしっかりとしたビジョンを持って生きようと思い、考えていたときに思ったからです。
そのときに今までを振り返ってみると、ただ提示されたレールの上の歩く安心感が心地よくて、中学高校では親や教師の言うままに勉強しよい成績を取って褒められたり、周りにすごいと言われることを良しとしていました。
ですが、今思えば・・どうなのかなと。
まとまりのない文章ですが何か思ったこと、アドバイス、意見何でもお願いします。

社会に出ておらず常識も知らない教師に生きる意味を教えろという方が酷です。

人間は生物です。ということは、実感しにくいですが、常に種としての生存競争にさらされています。ですので、生物には進化して、強くならなくてはというプログラムと子孫を残せというプログラムが遺伝子的に組み込まれていると思います。そして人間の武器は知恵と知識です。現在までに先人達が作ってきた武器を私たちはさらに発展させる義務があります。でないと滅びてしまう可能性がありますから。そのためには先人達が作ってきたものを身につける必要があります。そのために学校があるのです。もともと学校というシステムが古代ギリシャからはじまったものであり、知識人の知恵と知識を広げるために存在しました。強制などはなく、希望者だけで成り立っていました。ですから、当時の生徒は勉強することが日々を生きることだったのではないでしょうか?

日本の教育システムの肝は「平等性」です。現在の人間社会は高度な社会となっており、学校で習ったことを身に付けていなければ、社会で上の地位にはつけません。上の地位につくということは、人間社会を自らの手で動かすということ、つまり学校教育とは誰でも上にいけるチャンスを与えていると同時に、人間という種の保存に貢献できる人材を人類の中から選別しているとも考えられます。

私は高校まではレールにのっていいと考えています。レールに乗っているから周りが見えるのです。高校を卒業したらレールなんてないです。ですから、レールの上に乗っていたときに学んだことをもとに、自らレールを作り出さなければならないのです。>なんで生きることに
『意味』がそんなに必要なんですか?

私は人生に意味が必要とは思いません。無駄に生きてるわけでも、人生に悲観的なわけでもありません。

自分のしたい仕事。したい遊び。
好きな人と一緒にいる。
いろんな欲は尽きることはないでしょうが、それでも『今』も色んな意味で充実してます。

教育のうちで、
『人生の意味』を教えないのは、
みんなそれぞれだからかもしれない。
もしくは私みたいに、元々存在してないと思ってるからかもしれない。

教育上で、
そんなやんわりしてるものを、
決定づけて言える教師なんていないです。だって教師自体分からないんだから。

強いて言うなら、
意味つけてもみんなそれぞれなんだから、

『そんなん自分で見つけろ』
って言うしかないです。>同じく21歳です。

教育はみんなが平等に知識をもってほしいから生まれたシステムだと思うことがあります。
そうしないと格差がでたり弱い(という言い方は変ですが)人はとり残され一人立ちできなくなる、とか。
だから皆で考えた結果最低限レールを敷いた、のかもしれないと。

親や教師の言うままに勉強し、褒められたり、ですか。
自分なんかは勉強大嫌いで、塾はサボリ、学校もサボリ、一年留年したりw
やっぱり学校に行く意味を見出せなかったと考えてましたね。
だって、人の役にたつ訳でもない。勉強も将来を思ってやるなんてまっぴら。なんてねw
ま、金を払って貰って惰性でいって。親不孝ものだとは思いましたが・・・。
どうしても学校がなんか嫌だった。
でも親はやっぱ後々高校くらいは出てないと苦労するだろうと思っていたのかもしれないですね。
今は高校ちゃんと卒業できてよかったなー。と思っています。

人はなぜ生まれ生きるのか・・・。
まず、このことを教えられる人はいないと思いますよ。
ああしろ、こうしろなんて誰も言えませんよ。
千差万別十人十色。そして口は災いの元、とも。

私なんかは人生は好きに生きるもんだと思っています。
好きに生きるのは難しいんで、それが出来るよう悩んだり行動したり。
そうやって好きな人生を歩もうとするのが人生かなーとか。
ま、結論づけるものだとは思ってないんで、そんな適当な考えなんですけど。

まーそのうち、一生を添い遂げたいと思える人と出会って、結婚して、親も安心させてとかそんな事を考えたり。
彼女いない暦=年齢が何言ってんだかとかおもいますけどねぇw

ま、一生に不安は残りますが。
まーなんとかなんじゃねーのーとかそんな事を思って今を生きようとしてる私ではあります。

言っておきながら・・・難しいな、好きに生きるのは。
親しい人に心配はかけたくないし、ね。>そのながれでいきると、過ごしやすい文化ができているのですよ。

自分で生まれてから考えなさいでは、うまくいかないのです。>

あるヒトの血しょう中と尿中の物質Uの濃度を調べたところ、血しょう中…ヒト

分類としては人類学がふさわしいと思ったのですが、合うカテゴリがなかったので、…

分類としては人類学がふさわしいと思ったのですが、合うカテゴリがなかったので、「ヒト」カテゴリで質問です。
料理、食事は、なぜ女性が作る傾向にあるのでしょうか?これは日本だけではなく、世界中でこの傾向があると思います。
ヒトという動物は、メスよりもオスのほうが味覚が敏感(繊細)で、現在でも「シェフ」「料理人」の世界では、主に男性が活躍しています。
その代わり、ヒトのメスは視覚(色の見分け)がオスよりも長けており、カナダだったかアメリカだったかの大学の研究では、女性は40種類の茶色を見分けることが出来るという論文が出されたことがあった気がします。
つまり、料理だけに限定すれば、男が作ったほうが理にかなっているのではないか?と思えるのです。
なぜ女性が料理をすることが多いかについて、私なりに考えてみたのですが、ヒトのオスは昔は狩りに出掛ける担当していたため、時間と体力的に料理まで手が回らなかったのではないか?ということです。
が、自分で書いておきながら、この話には穴もあります。
ヒトが狩りをしていたなんて、何千年も前からの話で、それだけ時間があるなら、女性の味覚ももっと繊細に進化するもんじゃないだろうか?ということです。
味覚の繊細さは男性のほうが優れているのに、なぜヒトは女性が料理を担当することが多いのか?多分この謎?矛盾?は、まだ解明されていないと思います。
なので、よろしければ、ご推察お願いします。

ヒトの感覚の性差があるのか疑問なんですが。
個体差が大きいので、サンプリングが適切に行われているか疑問です。
性差を生じる機構、ホルモンの暴露による神経回路や抹消感覚器が異なるという機構が判明すれば、別ですが。
料理をはじめ、専門職に男性が多いのは、男性優位社会なら当然のことで、それをもって、性差があるというのは、間違いでしょう。
家事、介護、教育が、女性に押し付けられるのも、男性優位社会の為です。
子供連れで議会に出席し、懲罰動議にかけられた女性議員がいた。
それなのに、子供連れであえて議会に出席して、援護しようとした男性議員が居たというはなしは、寡聞にして知らない。

しょうがないよ。だって、産まれる前から、生命の維持に必要な栄養は、母ちゃんからもらってたんだもん。産まれたら産まれたで、母親からの母乳が食糧になるわけだし、「母親=飯」っていうのが、DNAに刷り込まれてるんだと思うわ。

ってのが、実際に乳飲み子を育ててみた実感。

んで、職業料理人の場合はね、とにかく作る量が家庭料理の比じゃないから、筋力が弱い女性には不利なの。可愛いエプロンつけて、キャッキャウフフしてる料理教室のノリじゃあ、絶対にやっていけません。しかも女性は、生理の影響で体調だけでなく味覚も変化するしね。でも、その不安定さが、毎日食べ続けても飽きないと言われる、家庭料理の魅力なの。>「ヒトという動物は、メスよりもオスのほうが味覚が敏感(繊細)」とのことですが、わたしが読んだ『味のなんでも小事典』(講談社ブルーバックス)によれば、女性は男性よりも味に対する感度が高いというのが定説になっている、と書かれていました。味に対する感度には個人差があるでしょうから、男性でも女性の平均的感度よりも高い人がおり、そのような人がプロの料理人になっているのかもしれません。
それはともかく、もう一つの定説として、女性は男性よりも甘いものが好き、というのがあります。この傾向は生まれつきのようで、男女の新生児についての実験でも確かめられており、その原因は、性ホルモンが脳に及ぼす作用だそうです。
自然界で甘味を呈する栄養素はもちろん糖質(炭水化物)ですが、糖質は動物性食物にはほとんど含まれておらず、植物性食物に多く含まれています。ということは、女性は男性よりも植物性食物を好みやすいということになります。
果実に含まれている単糖類、二糖類はそのままで甘く、いも類や木の実などに含まれているでんぷん質は本来無味に近いですが、加熱などの処理によって多少甘くなります。動物性食物には蛋白質と脂質が多く含まれており、摂取した蛋白質(の糖原性アミノ酸)から糖新生することができますが、蛋白質というのは生態学的に高品質(≒高価)な栄養素であり、それから糖をつくるというのは、エネルギー的に無駄が多いことです。
さて、農耕開始以前の人類は狩猟採集経済だったわけで、20世紀に存在した狩猟採集民についての文化人類学の調査結果からも、狩猟=動物性食物の獲得はもっぱら男性が、植物性食物の採集はもっぱら女性が行っていたと考えられます。乳飲み子や小さな子をかかえていることが多くて遠くまで行けず、地図的な空間認識能力が男性より低い女性よりも、植物性食物よりも分布密度が小さいために広範囲の土地でやらなければならず筋力が必要で危険も伴う動物性食物の獲得は、やはり男性のほうが向いていたのでしょう。
動物性食物の獲得は難しく獲得量はとても不安定ですが、分布密度が大きい植物性食物は比較的に容易、安定的に獲得できます。毎日子どもに授乳したり食物を与えなければならない女性は、男性たちがいつ持ち帰って来るかわからない動物性食物ではなく、日常的食物を植物性食物に依存していたはずです。
動物性食物、たとえば肉は、新鮮ならそのままで、少し時間の経ったものなら簡単に焼くだけで食べられます。ところが植物性食物は、まず植物から可食部を取り出し、食べられるようにするために何らかの処理を加える必要があることが多く(狩猟採集時代の人類が食べていたのは、果実、いも類、木の実、葉などでしょうが、いも類はたいてい何らかの有害性があり、そのため食べる前に何らかの処理が必要ですし、木の実にはアクが多いものが多く、これもアクの除去処理が必要ですし、それらは動物性食物ほどはおいしくなく、何らかの味付けが必要だったでしょう)、そうした処理は料理にあたりますが、それを行うのは植物性食物を獲得していた女性だったと考えられます。
人類が初めて火を使うようになったのは原人の時期だと考えられていますが、ランガムらの学者は、人類はこの時期に火を使って食物を料理することを始めたとしています。ランガムらは、原人では雌の体重と性的二型の相関から一般的に予想されるよりも性的二型が小さかったことより、雌が雄に料理した食物を分け与え、このため雌‐雄のペアボンドができ、雄間の雌をめぐる競争が減少していたという仮説を提出しています。この仮説が正しいかどうかはわかりませんが、しかし味に対する感度や甘味嗜好についての男女差、そしてチンパンジーでも食物処理に関する道具使用は雌のほうがよく行い、技能も雄より格段に上ということなどからすれば、雌、女性のほうが(少なくとも植物性植物についての)料理の能力や意欲があるのかもしれません。>まず、現代社会で男性が料理人等を勤めていることが多いのは、生物としての能力差ではなく社会的な経緯によるものです。
国や地域による差はありますが、単純に女性差別が強い時代が長かったことによります。多くの場合に、女性は家庭の中でのみ働き、社会に出ない(出ることを認めない)と言うことを強いる差別が行われていたからです。
このため、料理人のみならず医師でも運転手でも、限られた特殊な業種以外は男性が多数派です。

その上で、生物学的には色覚などで女性が優れているのは確かです。
逆に、味覚において男性が優位であるという事実は無いです(当然ながら、いずれの事項も典型例/平均値のことであり、個人差を除きます)。

一般に家庭での調理を女性が担うことが多いのは、前述の「女性が家の中のことをする」社会的制度によるものです。
生物学的な面では、妊娠・出産に限っては、男性は絶対に行えません。
この違いを引き起こしているホルモン分泌のバランスが原因で、平均的には男性の方が骨格が頑健で筋肉量が多くなっています。
狩猟採取時代には、男性が狩りを担い、女性は出産から育児を(原始的な社会では、授乳の都合、男性が育児をするのは機能的に困難)、常に乳幼児がいるため大きな移動はできず、手近な場での採取や身の回りの作業を担う形になりました。
これが農耕牧畜の発展以降も「ある程度」継続され、もっと先の産業革命辺りまでは、女性が社会に出ること自体が困難な状況が継続していたわけです。
つまり、女性が社会に出やすい環境となってからは、数千年など経過していません。今なお、先進国でさえも差別が行われているのですから。

この結果、料理に関わる生物学的な機能の優劣と無関係に、「社会に出る仕事」であるため、料理人には他の仕事同様に男性が多く、今でも家事は女性が担っているケースが多くなっているのです。>

ヒトガタ、もしくはニンゲンの画像を下さい

ヒトガタ、もしくはニンゲンの画像を下さいあの奇妙な姿にはまってしまいましたよろしくお願いします補足それじゃないよ南極、または北極に生息すると言われている、白い生物の方です深海だったかな?

未確認生物のひとつですね私もUMAとか好きなので知ってますヒトガタやニンゲンは日本の調査捕鯨船の乗組員(政府関連)が発見したためけっこう実在性がたかいUMAのひとつですまあ新種の鯨やそれ関連の生物であるという噂もありますがう~ん微妙ですね^^こういうのはロマンなんですよね完全否定されたらつまらないです(まあネッシーやツチノコはUMA好きでも信じてないひと多いですが)http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%97%E6%A5%B5%E3%81%AE%E3%83%8B%E…

はい、この方「にんげん」だそうです。>

ヒト 人間 霊長類 哺乳類

ヒト 人間 霊長類 哺乳類人間(ヒト)は、霊長類なのでしょうか?それとも哺乳類でしょうか?ヒョードルが『霊長類最強』と言われていたのは、例えみたいなものですか?ご教示頂けると幸いですm(_ _)m

○ヒト 人間 霊長類 哺乳類 人間(ヒト)は、霊長類なのでしょうか?それとも哺乳類でしょうか?●ご指名ありがとうございます。
精一杯回答させていただきます。
ご質問については、「類」と「目」と「科」を区別すると分かりやすいと思います。
「類」には、「哺乳類」、「爬虫類」、「鳥類」、「両生類」、「魚類」などがあります。
「目」には、「哺乳類」でいうと、「齧歯目(ネズミ目)」、「食肉目」、「有毛目」、「霊長目」などに分かれます。
その「霊長目」の中に「オナガザル科」、「オマキザル科」、「ショウジョウ科」、「テナガザル科」、「ヒト科」などがあります。
この「ヒト科」の中に、人間とチンパンジー、ゴリラ、オランウータン、テナガザルを含める学者がいます。
学者によっては、「ヒト科」と「ショウジョウ科」、「テナガザル科」を分けて考える人もいます。
ただ、「霊長目」の中でも他の「目」と分ける際の目安としているのは、『尻尾』があるかどうかです。
「ヒト科」は無論のこと、「ショウジョウ科」、「テナガザル科」のサルにも『尻尾』がありません。
○ヒョードルが『霊長類最強』と言われていたのは、例えみたいなものですか?●例えでしょうが、誤った例えです。
成獣のオスゴリラの握力は「500kgw」です。
ゴリラを怒らせて、仮に手を握られても、そこで勝負は終わりです。
チンパンジーでも握力は「200kgw」です。
ということですから、ヒョードルは『人類最強』で良いのではないかと思います。

ヒトとチンパンジーの遺伝子と塩基配列の差について

ヒトとチンパンジーの遺伝子と塩基配列の差について本に「ヒトとチンパンジーの塩基配列の違いは1.23パーセントとされていたが、遺伝子では約15パーセントに違いがあることがわかった。
」と書いてあるのですが、これはどういうことでしょうか?塩基配列の違い=遺伝子の違いなのではないのですか?どなたか説明お願いします。

ヒトにおいて塩基対は60億塩基対ほど存在します。
そのうち、全ての塩基対が遺伝子として働くわけではありません。
今はいらない部分というのが多く占めています。
なので塩基配列の違いが少なくても、遺伝子として働く部位の塩基配列の違いは大きいということです。

1.23%だとか、15%だとかの数字が正しいのかどうかわかりませんので、
そこは触れません。
単純に、その本の引用部分の解釈の仕方です。

>塩基配列の違い=遺伝子の違いなのではないのですか?
違います。
塩基配列は、DNAの中で4種類ある塩基の並んでいる順番のことです。
DNAには遺伝子の部分とそうでない部分とがあります。

DNAは紐状の長い構造をしており、4種類の塩基が並んでいます。
その4種類の塩基の順番が「塩基配列」です。
この「塩基配列」を基に、
20種類あるアミノ酸が特定の順番に並べられて、タンパク質が出来ます。

しかし、「タンパク質になる塩基配列部分」と
「タンパク質にならない塩基配列部分」とがあります。
前者の、「タンパク質になる部分」のDNAのことを「遺伝子」と言います。

>「ヒトとチンパンジーの塩基配列の違いは1.23パーセントとされていたが、
>遺伝子では約15パーセントに違いがあることがわかった。」
1.23%の塩基配列の違いは、ヒトとチンパンジーのDNA全体でのことです。
ヒトでも、チンパンジーでも、DNAの中の遺伝子部分はわずかしかありません。
その遺伝子部分だけに注目して、その塩基配列をくらべると約15%違う、
ということです。

生物というのは、遺伝子から作られたタンパク質が様々な生命活動を行なっています。
だから、タンパク質の機能に着目した方が、生物の違いをはっきりと示してくれます。
タンパク質を作る遺伝子部分だけを比べると、
ヒトとチンパンジーは15%も違うんだ、
とその本では言いたいのでしょう。

言い換えると。
ある2冊の本(ヒトとチンパンジーのDNA)がある。
その2冊の本全体の文字配列の違い(塩基配列の違い)は1.23%しかない。
ただ、目次や著者略歴など本のメインでない部分(遺伝子でないDNA)を除いて、
本のメインの部分(遺伝子)だけを比較すると約15%違う。
となるでしょうか。>下記のサイトで次の様な記事を見かけました。
http://blackshadow.seesaa.net/article/6456724.html
チンパンジーとヒトの遺伝子配列の違いは2%程度とよく言われるが、正確には単一塩基の置換レベルで1.2%の違いが存在する。さらにイントロンを含めたもっと長いDNA断片レベルの比較では重複配列や配列の欠失、並べ替えなどによってこの違いが更に2.7%増加する。つまり遺伝子レベルで見た場合、ヒトとチンパンジーのDNA配列の差は1.2%だが、全ゲノムレベルで見た場合は3.9%のDNA配列の違いが存在するということだ。最近の研究では遺伝子をコードしていない領域にも様々な機能が存在することが明らかになっているので、ゲノムレベルでの違いを見るほうがヒトとチンパンジーの違いを明らかにする上では重要だろう。

上記記事から私が想像したことを述べます。質問者様が例示されている数字との違いはこの際無視します。遺伝子配列を解読するときは、DNAを細かい断片に分けて、その配列を解読します。一本のDNAを先頭から終わりまで連続して解読する訳ではありません。そこで、「単一塩基の置換レベルで」というのは、これらDNA断片の塩基配列をヒトとチンパンジーで(なるべく一致するものを選んで)比較すると、1.2%の差があるが、もっと長い断片や、ゲノム全体で見ると、同じ配列の断片でも、その配列の仕方が異なっているために、3.9%の違いがあると解釈しました。

具体的に示しますと、
ヒト ABCDE FGHIJ KLMNOという三つの断片が得られた。
チンパンジー ABCDE FGHIJ KLMNOという三つの断片が得られた。
この時、単一塩基の置換レベルでの差は0%です。
しかし、これら三つの断片がどのように配列しているかを調べたところ;
ヒト ABCDEFGHIJKLMNO
チンパンジー ABCDEKLMNOFGHIJ
というように、大きな差が見られた。
このようなことをいっているのではないかと想像しています。>遺伝子によって異なりますが、塩基対が何百とか何千とか集まって、一つの遺伝子を構成します。

一つの遺伝子を構成する何百とか何千もの塩基対のうち一つでも変異があれば、それは遺伝子の違いとしてカウントされますので、その本の意図は、「1.23%の塩基配列の違いが、15%の遺伝子に散らばっていた」ということだと思います。>

ヒトパピローマウィルス。
ウイルス性イボについて。

ヒトパピローマウィルス。
ウイルス性イボについて。
イボがなくなってからどれくらい経てば完治したと言えるのでしょうか。
イボがなくてもウイルスは残ってる可能性はありますか?治療法は?またイボ自体はないけどウイルスが心配な場合検査は出来ますか?

①イボがなくなってからどれくらい経てば完治したと言えるのでしょうか。
1カ月何もなければ完治です②イボがなくてもウイルスは残ってる可能性はありますか?無くなった直後は残っている可能性はあります③治療法は?一般的には、液体窒素(ちっそ)を綿棒に含ませて、6?7回、凍結と融解(ゆうかい)を繰り返す凍結療法を行いますが、痛いことと治癒率の低いことが欠点です。
とくに、角質の厚い爪のまわりや足底では治りにくく、この場合はブレオマイシンの局所注射を行いますが、これもかなりの痛みを伴います。
電気焼灼(しょうしゃく)や炭酸ガスレーザーで蒸散させることもありますが、瘢痕(はんこん)(傷あと)を残すことがあります。
しかしなかなか治らない人もいます木酢で治した人もおります?苡仁(よくいにん)=ハトムギも効きます従ってハト麦茶も効きます④またイボ自体はないけどウイルスが心配な場合検査は出来ますか? そのような検査はありません

ポケモンXYで、夢特性すりぬけのヒトモシ♂をタマゴで産ませたいのですが、どうすれ…

ポケモンXYで、夢特性すりぬけのヒトモシ♂をタマゴで産ませたいのですが、どうすれば良いのでしょうか?メタモンとヒトモシ♀を預けかれこれ15個くらい産ませましたが、夢特性が現れません。

親のヒトモシが夢特性でないと夢特性のタマゴは生まれませんよ。
http://bbs.kyokugen.info/pokemonxy_bbs/ibbs.cgi?H=tp&no=3こういう掲示板もありますので、ランプラーが出るフレンドサファリ持ち(殿堂入り済み)の方を探されてはいかがでしょうか。

通常特性からは夢はうまれんよ。。。。>メスの特性はすりぬけでしょうか?親が夢特性でなければ生まれませんよ。>

ヒトの形のぬいぐるみを制作するのですが、生地はどれを使えばいいのか分からず悩…

ヒトの形のぬいぐるみを制作するのですが、生地はどれを使えばいいのか分からず悩んでおります。
作るぬいぐるみのイメージとしては、・サイズは大体40cm未満で、子供が抱えるのに丁度いいサイズにしようと思っています。
・テディベアのようにジョイントで四肢を動かすタイプです。
・頭部は毛糸で植毛を考えています。
・目・鼻・口等はアイロンで貼り付けるタイプにしたいので、生地はあまり毛の長い物でないものにしたいです。
フェルトですと、使用するうちに毛羽立ってしまい見た目が悪くなるので避けたい所です…オススメの生地があれば教えてください!補足付け足しなのですが、お洋服も作る予定です!!お洋服はノースリーブで上はマジックテープかパチッと止めるタイプのボタンで、下のズボンはウエストをゴムタイプ、靴も制作を考えております!お洋服は別の生地にしたいのですが、オススメあったら教えてください!

私はお人形は「綿ジャージ」で作っています。
肌触りも柔らかでいいですよ。
人形の大きさは50センチが多いです。
服は普通の洋服地です。
靴は切りっぱなしで楽なので、フェルトや合皮を使います。
手に入りやすいもので作ってます。

コミュニケーション行動における動物とヒトとの決定的な差異とは何ですか?

コミュニケーション行動における動物とヒトとの決定的な差異とは何ですか?補足嘘をつく能力がコミュニケーションと文化文明を持つに至る背景に何らかの影響はあったと考えられますか?

言語を解したコミュニケーションによる、後天的に獲得した知恵や技術(meam:ミームといいます)の社会的共有・蓄積・共有システム(その所産が一般に文化と呼ばれている)を備えていることがヒトと他の動物との決定的な違いといえるでしょう。
これは他の動物には見られない一方で、いかなる民族においても一切の例外なく備えています。
生物学を詳しく学ぶと、人間は一般に思われているほど生物として特殊ではなく、さほど特別な存在でも卓越した存在ではないことが分かってきます。
むしろ、ヒトと他の動物のと違いに関する「迷信・俗説」を箇条書きにする方が簡単です。
・ヒトだけが直立二足歩行できる ・ヒトだけが道具を作り出し、使える ・ヒトだけが火を使用できる ・ヒトだけが服を作り、それを着用することができる ・ヒトだけが理性を備えている ・ヒトだけが死の概念(抽象概念)をもっている ・ヒトだけが同種間で大量殺戮を行う ・ヒトだけが言語によるコミュニケーションができる ・ヒトだけが農耕・牧畜を行う ・ヒトだけが(繁殖を伴わない)快楽目的に性交できる ・ヒトだけが特に優れた脳を持っている人間とその他の動物との大きな違いについては知恵ノートにまとめていますので参考に。
http://note.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/n47684ヒトと他の動物との最大の違いは、言語中枢の発生により、後天的に獲得した知恵や技術などの情報を言語中枢の働きによって単純な記号に変換し、さらに仲間に伝達して社会的に蓄積し、共有できるようになったことです。
実のところ、多くの人間が考えているヒトと他の動物との違いは、この言語中枢の発生に集約されてると言って過言でありません。
例えば、バンドウイルカが人間に教えてもらったゲーム内容を音響イメージ情報に変換して仲間に伝えたという事例がありますが、音響イメージ情報では人間が使う記号化された言語とは違って情報量が膨大になってしまうので、知識や技術の社会的蓄積という点では人間に比べて大きな制約があります。
また、チンパンジーは手を器用に使って簡単な道具を作ったり、言語中枢の萌芽的な部分が存在するために人間が教えた言語を少しだけ学ぶこともできますが、仲間に対して学んだ言語を教えることまでできた例はなく、これではせっかく新しい知識や技術を習得したとしても言語という共通ベースがないので、体験を通じて始めからやり直しとなってしまい、知識や技術の社会的蓄積は人間と比べて限定的にならざるをえません。
こうした質的な違いがあるために、イルカやチンパンジーなどがいくら知能を発達させたとしても、人間のような高度な科学技術や文明を築くことはできません。
いくら知能を発達させてもとという表現は言いすぎかもしれませんが、仮に人間の10倍の知能を持ったとしても人類のような科学技術や文明の構築は不可能だと考えます。
簡単に言うと、人間以外の動物はほぼ体験を通じてしか後天的学習はできないが、人間は言語(書物も含む)を通じて自らが体験したことがない内容の知識や技術についても学習することができます。
例えば、一度も使ったことがない複雑な装置でも取扱説明書を読んで使い方を学ぶことができますし、これまでに蓄積された学問についても書物などから学ぶことができます。
このようにして、自動車、テレビ、コンピュータ、携帯電話、飛行機、ロケットなどさまざまな文明の利器が作られてきたわけですし、法律や思想、医療サービスなどの進歩も言語によって蓄積されてきた知識・知恵の産物です。
ヒトと他の動物との違いをあえて列挙するとするとこんな感じでしょうか。
・明確な言語中枢を持ち、体験によらない後天的学習情報の社会的蓄積・共有が可能。
・頭蓋骨と脊椎とのつながり方が他の動物と違う(ヒトは頭蓋骨の下方に、他の脊椎動物は頭蓋骨の後方に脊椎がつながっている)※以下は、すべての人間社会で共有されているわけではないことに注意・地球規模を超えて自己を客観認識できる ・自動車や列車など地上高速移動機械を作れる ・航空機など空中高速移動機械を作れる ・原子の存在、素粒子の存在を認識できる ・ロケットや探査機で他の天体まで行ける ・地球上の原子力エネルギーを利用できる(核兵器や発電)・さまざまな学問の理論体系を作れる ・意図した避妊法を習得している ・印刷術・火薬・方位磁針を発明している などなど。
人間が持つ言語機能による(知恵や技術など)後天的学習情報の社会的蓄積・共有システムは、それ自体が素晴らしい発明だといっても良く、今日の豊かな生活をもたらした科学技術発展の源泉であり、人類による科学的発明はすべてこの言語機能に集約されるといって過言でありません。
もし1億年単位の生物学的淘汰を乗り越えて後世に受け継がれるのであれば、生命による大発明の一つに数えても良いのではと思います。
なお、生命による大発明については↓が面白いと思います。
生命の跳躍――進化の10大発明(ニック・レーン著)http://d.hatena.ne.jp/shavetail1/20110813/1313243251

補足に対して:言語を扱えなければ嘘をつくこともできないので、言語を使えるようになったことが、文化や文明を生み出し嘘をも生み出したと言えます。>

ゲノムについて質問をさせてください。

ゲノムについて質問をさせてください。
ゲノムとは「生物をその生物たらしめるのに必須な最小限の染色体セット」とありました。
それならば、ヒトゲノムに関して、ヒトゲノムが含まれる染色体の数は23本ですが、ヒトのもつすべての核の中にそれぞれ最小でも遺伝情報を含む23本の染色体があるということになるのですか?それともヒトの「生殖細胞」一つあたりに一つある核がもつ最小限の遺伝情報を含む染色体数が23本だということなのでしょうか?言いたいことが伝わらなかったらすみません。

ヒトゲノムというのは「ヒトをヒトたらしめるのに必須な最小限の染色体セット」で常染色体22本と性染色体1本の計23本あります。
この23本の中にヒトを作るのに必要な情報が全て含まれています。
しかし、体細胞にはこのヒトゲノムが2セット(つまり46本)入っています。
何故2セット入っているのかというと、2セットのうち片方の遺伝子が壊れた時にもう片方を手本に元の正しい配列を復元したり、復元できなくても「もう片方があれば、それが失われた遺伝子の作用を補ってくれる」という大きなメリットがあるからです。
一方、生殖細胞にはヒトゲノムが1セット(つまり染色体23本)しか入っていません。

あるヒトの血しょう中と尿中の物質Uの濃度を調べたところ、血しょう中で0.3g/L、尿…

あるヒトの血しょう中と尿中の物質Uの濃度を調べたところ、血しょう中で0.3g/L、尿中で20g/Lであった。
この物質Uは、血しょう中と原尿中での濃度が等しく、原尿中にろ過された量の40%が尿の生成過程で再吸収されることがわかっている。
このヒトの尿量が1.5L/日のとき、原尿量を求めよ。
という問題の解き方を教えてください。
補足答えは170L/日です。
解説がないので涙

血しょう1L中に0.3g、40%再吸収された後、尿1Lに20gということは、もし再吸収されてなかったら、20×(100/60)≒33.3gが尿1Lにでてくることになります。
つまり濃度が0.3から33.3の111倍になっているということになります。
これは、コップの水が蒸発して濃くなるのと似ています。
水が蒸発して濃度が2倍になっていたとすると、コップの水の量が1/2になっているのはなんとなく理解できるのではないでしょうか?このコップに新しく水を足してもとの濃度に戻すには、今の体積の2倍になるように水をいれたらよいです。
この問題の本質はこれと変わりません。
濃度が111倍になった尿(1.5L)に水を足してもとの原尿に戻したい。
なので今の体積の111倍になるように水を足します。
1.5×111=166.5L/日の原尿があったと考えられます。